豊田真由子がその後どうして表舞台のコメンテイターになった

豊田真由子バッシングからその後どうして素敵なコメンテイターの道を選んだのか?意識があるときは、ただ死ぬことばかり考えていたという人生のどん底を味わった豊田真由子氏。コメンテイターの仕事でも明るい兆しが豊田真由子氏に見えてきました。どうして表舞台のコメンテイターを選んだ?
 

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3年前の事件は過去の話

当時の子どもたちの間では、「このハゲー!!」と連呼しながら遊ぶという社会現象が起きました。
それも今は過去の話になってしまったような・・・。

豊田真由子氏の生まれは、千葉県船橋市。
両親は学習塾を経営、3人姉妹の真ん中(次女)でした。

3年前の事件当時、マスコミは実家の両親にまでインタビューしていたようで。
塾経営の父親が、豊田真由子氏に120%の信頼を寄せて次のように話していました。

今はそのときじゃないから。
大きな流れがある。
ご足労かけてすまんことだけども、
もうしばらく放っといてくれ

 
と答えていました。

豊田真由子氏の能力を信じていたんですね。
これって、とても深い愛情ですよね。

子どもが人生で失敗しながら、どん底にいるとき、叱責するのではなくて、「大きな流れがくる」と信じているんですよね。
豊田真由子氏の子どもの教育にも、父親と同じ愛情が注がれていることが後半解りますよ。


 

愛情あふれる豊田真由子氏

3年前の「ハゲ事件」で、夫の吉村氏が豊田真由子氏の子どもの「躾」について答えています。
豊田真由子氏の忙しさがハンパなく、時間を見つけては常に子どもたちを抱きしめて愛情を与えていたといいます。

抱きしめるだけしか時間がない、忙しさの中にいた豊田真由子氏。
子どもたちはわかっていました。
『ママは一生懸命、仕事一筋でやってきた』と。

豊田真由子氏のその後を、解っていたような父親の言葉。
父親の愛情をそのまま受け継いで、自分の子どもたちに伝える豊田真由子氏の姿がダブって見えます。

愛情あふれる豊田真由子氏の家族だとわかります。
 

本来の姿を取り戻した豊田真由子さん

事件から一皮剥けて、地獄をみた者だけが知る本当の強さを持って生き返った豊田真由子さん。

豊田真由子さんの言葉がよく視聴者に伝わります。
私も聞いていて、やさしい人なんだと口調から感じました。

豊田真由子さんの学生時代の友人等は、豊田真由子さんが変わったのではなく、あれが本来の姿なんだと。


 
当初は、豊田真由子氏が再びヒステリックに爆発するのかとヒヤヒヤしながらTV見てました。
 

なぜ豊田真由子はコメンテイターに?

新型ウイルスの感染が拡がる中で、専門家の的確なアドバイスが求められていました。

豊田真由子氏は2009年の新型のインフルエンザが流行したときは、厚生労働省の調整実務担当という感染病のプロでした。
豊田真由子氏は、東京大学法学部を卒業後、厚生労働省へ入省、国の経費でハーバード大学で公衆衛生学を学んで修士号をもつ専門家だったのです。

そんな豊田真由子氏が、友人に宛てた新型ウイルスへのアドバイスが注目されることに。

偶然にも、豊田真由子氏のアドバイスメールが、フジテレビ系の『バイキング』番組プロデューサーの目に止まります。
 

 

このときの豊田真由子氏から、
「人様のお役にたてることがあるのなら、やらせていただきたい」
と以前とは別人と思えるような優しい言葉が返ってきたといいます。

ここから豊田真由子氏が、TVなどにコメンテイターとして再出発していくことになります。
 

豊田真由子氏のその後の家族は?

2017年10月の衆議院選挙に無謀な挑戦をして落選。
それ以来、豊田真由子氏を一切知ることも見ることもありませんでした。

豊田真由子氏が語った内容は、
「事件後は、人前から隠れるようにして暮らした」
「体調を崩して入院していた」
「退院後は、福祉法人に努めました」
「家族、子どもたちと必死に向き合って、二度と悲しい思いをさせないと誓った」
「家族も徐々に落ち着きはじめた」
「テレビ出演で豊田真由子の人気が急上昇」
「政界への復帰はさらさらないという」
「タレント転身もまったくなさそうです」

 
豊田真由子氏が勤務する福祉法人とは、どんな関係から誘われたのでしょう。
 

豊田真由子氏が勤務する福祉法人とは?

捨てる神あれば、拾う神ありとはよく言ったもので、どん底にいた豊田真由子氏に手を差し伸べた人がいた。

2019年10月の『週刊新潮』が報じました。

大物実業家・柳内光子氏。
豊田真由子氏の政治家時代からの友達関係だったといいます。

柳内光子氏プロフィール
生年月日 1939年7月9日(80歳)
出身   東京都江戸川区
経歴   山一興産株式会社(代表取締役)
     学校法人草苑学園(学園長)
     浦安商工会議所(会頭)
     社団法人浦安観光コンベンション協会(特別理事)
     映画『カルテット』のエグゼクティブ・プロデューサー

 
豊田真由子氏は、柳内光子社長が力を注いでいる福祉関連事業の職員として勤務しています
福祉業界に明るい豊田真由子氏ですから、活躍の場はたくさんあると思います。
世のため、人のために、今までの経験を生かして活躍してほしいです。
 

豊田真由子がその後どうして・・・まとめ

コロナ対策をわかりやすく説明したメールを友人に送信したら、TV関係のプロデューサーの目に止まりました。
幾たびかのプロデューの説得が功を奏して、コメンテイターとして表舞台に出ることに。

現在、社会福祉法人の職員として、豊田真由子氏の実直な姿勢で生き生き働いています。

人として、素晴らしいと感じました。
これから、もっともっと表舞台に出てリーダーとして活躍してほしいですね。

 


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